「現場で起きた問題が社長の耳に入らないまま、取引先や行政に伝わってしまった」「経理を一人の社員に任せきりにしていたら、大きなミスが見つかった」——こうしたトラブルは、会社の規模にかかわらず起こり得ます。
国土交通省は、中小の建設会社が自社の経営管理を点検・改善するための手引きとして、「中小建設企業のための内部統制向上ガイドライン」(平成21年3月)を公表しています。この記事では、その内容を紹介します。
1. 内部統制とは
ガイドラインでは、「内部統制」を、企業が適正な運営を行うための仕組み、体制、管理システムを備え、それを運用することで達成されるものだとしています。
ここでいう「適正な運営」には、次のような意味があるとされています。
- 法令、業界ガイドライン、社会的規範、社内ルールなどに適合すること(コンプライアンス)
- 重大なミスを防ぎ、業務を効率化すること
- 直面するリスクを管理し、乗り越えること
なお、中小企業が内部統制の体制を整備することは、法律で義務付けられているわけではなく、あくまで企業の自主的な取組みとされています。
2. 内部統制を高めるメリット
ガイドラインでは、内部統制が適切に機能していれば、次のようなメリットが期待できるとしています。
- 法令などに適合した活動をする体制が整った企業として、発注者・取引先・社会からの信頼を得られる
- 重大なミスや一部の担当者の不正を防ぎ、確実かつ効率的に業務を遂行できる。業績の安定も期待できる
- 重要社員の突然の退職から自然災害まで、さまざまなリスクに事前に備える体制を持てる
3. 起こりがちな5つの事例と対応策
ガイドラインの冒頭では、自社で起こる心配がないかチェックするための事例と、その対応策が示されています。
事例1:経営方針が現場に伝わっていない
赤字工事は受けない方針に転換したのに周知が遅れ、施工部門が利益ほぼゼロの価格で受注してしまった。
対応策:経営方針やその狙いを明確な言葉で文書にし、部署ごとに徹底させる。定例行事で全社員に説明する。
事例2:現場の不正が経営者より先に外部に漏れた
現場からの情報を吸い上げる仕組みがなく、現場所長の不正がマスコミや発注元に先に伝わってしまった。
対応策:不正を見つけた人が経営者に直接連絡できる携帯番号や専用メールアドレスを設ける。通報者が不利にならないよう、通報制度と通報者保護の考え方を文書にして周知する。
事例3:下請へのしわ寄せが経営者に報告されなかった
廃棄物処理費が想定を上回ったため、担当者が下請に処理費をつけ回して支払額を不当に減額した。下請からの強いクレームが経営者に報告されず、下請が国土交通省の出先機関に駆け込んだ。
対応策:下請からクレームがあった場合の報告・対応のルールを定めて周知する。経営層が定期的に社員と対話し、現場に足を運んでコミュニケーションを高める。
事例4:経理を一人に任せきりにしていた
経理のシステム化を進めたが、詳しい社員が一人だけで重大ミスをチェックできず、決算を下方修正して信用を失った。
対応策:重要な業務は担当者を一人にせず、確認できる人・代わりに実施できる人を確保する。研修で育成する。難しければマニュアルを整備する。
事例5:記録が引き継がれず、やり直し工事に
発注者との確認事項を記録するよう指示していたが、担当者が急病で交代した際に設計変更の了解の記録が引き継がれず、自社負担でやり直し工事をすることになった。
対応策:重要な事項は記録を残すだけでなく、上司への提出、部下との共有、後任への引継ぎのルールを決めて周知する。どんな場合に関連記録の有無をチェックするかも明確にしておく。
事例3のような下請取引の問題は、建設業法上の問題にも直結します。「赤伝処理の注意点」や「駆け込みホットラインと建設Gメンとは?」の記事もあわせてご覧ください。
4. 内部統制の枠組み
ガイドラインでは、一般的な内部統制の枠組みとしてCOSOフレームワークを紹介しています。
3つの目的
- 適切な業務活動(日常業務の有効性・効率性)
- 適切な財務報告(財務諸表の信頼性)
- 法令遵守
5つの構成要素
- 統制環境:経営者・社員全員の統制への意識を高める環境
- リスク評価:経営目標の達成を阻害する要因を評価し、対応する
- 統制活動:経営者の方針が適切に実行されるための手続き
- 情報と伝達:必要な情報が適切に処理され、社内外に伝わる仕組み
- モニタリング:内部統制が有効に機能しているかを評価する
ガイドラインでは、これらはPlan(統制環境とリスク評価)・Do(統制活動と情報伝達)・Check(モニタリング)・Actという品質改善の考え方と基本的に同じだとしています。ISO9001の認証を取得している企業は、比較的容易に内部統制を向上できるともされています。
建設業の業務プロセスでの位置づけ
ガイドラインでは、「入札・受注」「契約」「工事施工」「検査」といった業務プロセスごとに、方針の明確化と周知、管理監督、承認、相互確認(けん制)、不正を経営者に通報する仕組み、重要情報の共有などの体制を整えることが内容になるとしています。
5. チェックリストで自己診断する
5-1. 29のチェック項目
ガイドライン別添の「中小建設企業のための内部統制の向上に係るチェックリスト」は、次の3分類・29項目で構成されています。
| 分類 | 項目数 | 内容の例 |
|---|---|---|
| 経営者の規律 | 3 | 意思決定機関、取締役などの経営層、経営者に対する監視機能 |
| 経営方針 | 4 | 経営方針の明確化と周知 など |
| 内部統制に関わる体制構築 | 22 | 運営組織・職務権限、リスク管理活動、コンプライアンス、人材の評価と活用、情報セキュリティ、財務プロセス、業務プロセス |
5-2. 5段階の成熟度
各項目には5段階の成熟度が設けられています。当面の目標レベルを「3」、さらなる改善の目標を「4〜5」として設計されています。成熟度が1に達していない場合は0とします。
たとえば「意思決定機関」の項目では、次のような段階が示されています。
- 1:重要な意思決定を、経営者だけで判断せず、他の経営層と相談して決めている
- 2:取締役会などの重要な会議体を定期的に開催している
- 3:会議規定で付議事項を定め、重要な意思決定を会議体で行っている
- 4:会議の議事録を作成し、適切に保存している
- 5:定期開催に加えて臨時の会議も開き、迅速に意思決定している
5-3. レーダーチャートで現状を見える化
自己診断の結果を、「経営者の規律」「経営方針」と、「内部統制に関わる体制構築」の7つの小分類ごとに平均して、レーダーチャートに記入します。自社の弱い分野が一目で分かります。
6. PDCAで改善を続ける
ガイドラインでは、次の4つの手順(PDCAサイクル)で内部統制を高めていくとしています。
- Plan(現状把握・改善計画の策定):チェックリストで自己診断し、目標とする成熟度と重点的に改善すべきポイントを決め、取組み・推進担当者・スケジュールを定める
- Do(取組みの実施):推進担当者を中心に全社で実施し、経営者が進み具合を確認する
- Check(評価):一定期間後、チェックリストとレーダーチャートで再度評価する
- Act(改善):計画どおり進んでいない、効果が出ていない取組みを見直す
ポイントは、すべての項目に一度に取り組もうとせず、優先順位を付けて無理なく改善することです。ガイドラインでは、全項目を「3」にすることを目標に、成熟度の低い「経営方針」と「コンプライアンス」を重点ポイントにした会社の例が紹介されています。
7. 経営者の役割と限界
ガイドラインでは、内部統制が効果を発揮するには、推進する経営者の意識が重要だとし、経営者に次のことを求めています。
- 企業活動で誠実性と倫理観を持つこと
- 健全な企業活動を保つための指針を明確にすること
- そのための活動を積極的に推進すること
一方で、判断の誤りや共謀、想定外の環境変化、費用や人員の制約、経営者自身による無視などがあると、内部統制の効果が表れないこともあると指摘しています。そのため、継続的に見直しと改善を続けるマネジメントシステムとして運用することが大切だとしています。
8. まとめ
- 内部統制は、法令遵守・ミスの防止・リスク管理のための社内の仕組みづくり
- 中小企業には義務ではないが、信頼・業績の安定・リスクへの備えにつながる
- 「方針の周知」「通報の仕組み」「報告ルール」「業務の属人化防止」「記録の共有・引継ぎ」が典型的な対応策
- 29項目のチェックリストで自己診断し、PDCAで少しずつ改善する
「チェックリストを使って自社を点検したい」「下請取引や契約書の管理ルールを整えたい」という事業者様は、お気軽に当事務所へご相談ください。
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