「父が亡くなって、実家の田んぼを相続することになった。相続登記は司法書士さんにお願いしたけれど、農地だと何か別の手続きがあるの?」
「農業はやらないから、相続した畑はしばらくそのままにしておくつもり。何か問題ある?」
このようなご相談をよくいただきます。
農地の売買や貸し借りには、原則として農業委員会の「許可」が必要です(農地法第3条第1項)。一方、相続で農地を取得した場合は許可は不要です。その代わり、農業委員会への「届出」が法律で義務付けられています。これが農地法第3条の3の届出です。
相続登記とは別の手続きなので、相続登記を済ませて安心してしまい、この届出を忘れているケースが少なくありません。届け出なかった場合や虚偽の届出をした場合は、10万円以下の過料の対象になります(農地法第69条)。
この記事では、農地を相続した方に向けて、3条の3の届出について次の点を解説します。
- なぜ届出が必要なのか
- 誰が・いつまでに・どこへ出すのか
- 遺産分割との関係で届出が2回必要になるケース
- 届出書の書き方
農地法3条の3の届出とは?─ 「許可」ではなく「届出」が必要な理由
相続は3条許可の対象外、だから「届出」で把握する
農地の所有権を移したり、賃借権などを設定したりするには、原則として農業委員会の許可が必要です(農地法第3条第1項)。ただし相続は、当事者の意思による「売買」や「贈与」とは違い、人が亡くなることで当然に権利が移るものです。そのため3条許可の対象にはなりません。
ここで困るのが農業委員会です。許可の手続きがないと、「誰がその農地の新しい所有者になったのか」を把握できません。そこで設けられたのが、許可を経ずに農地の権利を取得した人に届出を義務付ける制度です。
農地法第3条の3は、概要として次のように定めています。
農地又は採草放牧地について第3条第1項本文に掲げる権利を取得した者は、同項の許可を受けてこれらの権利を取得した場合等を除き、遅滞なく、その農地の存する市町村の農業委員会にその旨を届け出なければならない。(農地法第3条の3・要旨)
国の「農地法関係事務に係る処理基準」(第5 法第3条の3関係)は、この届出の目的を次のように説明しています。
農業委員会が許可等によっては把握できない農地等についての権利の移動があった場合にあっても、農業委員会がこれを知り、その機会をとらえて、農地等の適正かつ効率的な利用のために必要な措置を講ずることができるようにするもの
つまり、この届出は農業委員会が「新しい権利者」を把握し、その後の農地利用(貸し出しのあっせんなど)につなげるための仕組みです。
届出が必要になる「権利取得」の具体例
処理基準では、3条の3の届出が必要な権利取得の例として次のものを挙げています(処理基準 第5(1))。
- 相続(遺産分割による取得を含む)
- 包括遺贈
- 相続人に対する特定遺贈
- 法人の合併・分割
- 時効による取得
相続人が遺言で農地を受け取った場合(相続人に対する特定遺贈)も、許可ではなく届出の対象です。遺贈と許可の関係は少し複雑なので、別記事「農地の遺贈・遺産分割・財産分与で許可が要る場合と要らない場合」で詳しく解説しています。
届出は「権利取得の効力」を生むものではない
ここで注意したいのは、届出によって権利が発生したり、確定したりするわけではないという点です。処理基準は「この届出は、法第3条第1項本文に掲げる権利取得の効力を発生させるものではない」とし、たとえば「届出をしたことにより時効による権利の取得が認められるというものではない」と明記しています(処理基準 第5(3))。
農業委員会から届く受理通知書にも、「本通知は権利関係を証明するものではない」という一文が入ります(農地法関係事務処理要領 様式例第3号の2)。所有権の証明はあくまで登記で行うものなので、相続登記と3条の3の届出は、両方とも必要な別々の手続きだと考えてください。
届出の期限は?─ 「遅滞なく」=おおむね10か月以内が目安
法律上は「遅滞なく」
農地法第3条の3は、期限を日数ではなく「遅滞なく」と定めています。
処理基準では「おおむね10か月以内」
では「遅滞なく」とはどのくらいの期間でしょうか。国の処理基準は、次のように具体的な目安を示しています。
「遅滞なく」とは、農地等についての権利を取得したことを知った時点からおおむね10か月以内の期間とする。(処理基準 第5(2))
起算点は「亡くなった日」ではなく、「権利を取得したことを知った時点」です。たとえば疎遠だった親族が亡くなって、しばらく経ってから自分が相続人だと知った場合は、知った時点から数えることになります。
とはいえ、10か月はあくまで目安です。相続手続きが一段落したら、なるべく早めに出しておくことをおすすめします。
届け出ないとどうなる?
届出をしなかった場合や、虚偽の届出をした場合は、10万円以下の過料に処せられます(農地法第69条)。
過料は刑事罰ではありませんが、法律上の義務違反であることに変わりはありません。また、届出をしていないと農業委員会の台帳上の所有者が亡くなった方のままになり、後で売却や転用をしようとしたときに手続きがスムーズに進まない原因にもなります。
誰が・どこに届け出る?
届出をする人
権利を取得した人(相続人)本人です。
事務処理要領には「届出は連名ですることも可能である」とあり(農地法関係事務処理要領 第3の3)、相続人が複数いる場合は1通の届出書に連名で届け出ることもできます。
届出先
その農地がある市町村の農業委員会です(農地法第3条の3)。
相続人の住所地ではなく、農地の所在地の農業委員会である点に注意してください。複数の市町村に農地がある場合は、それぞれの農業委員会に届け出ます。
なお、事務処理要領は、届出書の様式を農業委員会の窓口だけでなく「市町村の死亡届出書の受付窓口など権利取得が発生する要因を把握できる関係窓口に備え付けることが望ましい」としています(事務処理要領 第3の1)。市役所で死亡届を出した際に、この届出書を案内されることもあります。
【重要】遺産分割との関係─ 届出が2回必要になるケース
相続人が複数いる場合は、特に注意が必要です。事務処理要領は次のように定めています。
複数の相続人が存在する場合は、相続が開始して共有物として農地等の権利を取得したとき及び遺産の分割により農地等の権利を取得したときが届出の対象となり、それぞれ権利を取得した後遅滞なく届出をしなければならない(事務処理要領 第3の3・要旨)
つまり、相続の流れに沿って整理すると次のようになります。
| タイミング | 状態 | 届出 |
|---|---|---|
| ① 相続開始(被相続人の死亡) | 相続人全員で農地を共有 | 必要(共有として取得した旨) |
| ② 遺産分割協議の成立 | 特定の相続人が農地を単独取得 | 必要(遺産分割で取得した旨) |
遺産分割協議がまとまるまでに時間がかかると、①の共有状態で届出をし、協議が成立したら②としてもう一度届け出る、という流れになります。
遺産分割が早く終わった場合は1回でよい
一方、事務処理要領には次の定めもあります。
相続が開始して共有物として権利を取得した旨の届出をする時点で遺産の分割により権利を取得している場合は、相続が開始して共有物として権利を取得した旨の届出は省略することができる。(事務処理要領 第3の3)
①の届出を出す前に遺産分割協議がまとまっていれば、②の届出1回で済みます。
実務上のポイント
遺産分割協議に時間がかかりそうなときは、「10か月」の目安を意識してください。期限が近づいたら、いったん共有状態で届出をしておくのが安全です。協議がまとまりそうなら、協議成立後にまとめて1回で届け出るのが効率的です。
届出書の書き方─ 記載事項と記入のコツ
法令で定められた記載事項
届出書に記載する事項は、農地法施行規則第19条で次のとおり定められています。
| 記載事項 | 内容 |
|---|---|
| ① 権利を取得した者の氏名・住所 | 法人の場合は名称・主たる事務所の所在地・代表者の氏名 |
| ② 農地の所在・地番・面積 | 登記事項証明書どおりに記載 |
| ③ 権利を取得した事由・日 | 「相続」「遺産分割」など、取得した日 |
| ④ 取得した権利の種類・内容 | 所有権など |
| ⑤ 国籍等 | 所有権を取得した場合のみ(法人の場合は設立準拠法の国) |
様式は、国の事務処理要領の「様式例第3号の1」が基本です。実際には各農業委員会が備え付けている様式を使います。
記入時の注意点(様式例の記載要領から)
様式例第3号の1の記載要領には、実務で迷いやすい点が書かれています。
チェック:記入のポイント
- 登記簿上の名義人と現在の所有者が違う場合(相続登記前など)は、備考欄に登記簿上の所有者を記載する
- 「権利を取得した事由」欄には、相続(遺産分割、包括遺贈及び相続人に対する特定遺贈を含む)、法人の合併・分割、時効などの別を記載する
- 「取得した権利の種類及び内容」欄には、所有権の場合は現在の耕作の状況や、貸し出し(使用収益権の設定)の見込みの有無などを記載する
- 共有で取得した場合は、届出者以外の共有者の人数を記載する(わからない場合はその旨を記載)
「現在の耕作の状況」や「貸し出しの見込み」の欄は、農業委員会がその農地の今後の利用を把握するための欄です。「耕作していない」「誰かに貸したい」といった実情があれば、ありのまま書いておくと、後で農業委員会から貸し出しの相談などにつながることがあります。
相続登記が済んでいなくても届出はできる
届出は相続登記の完了を条件としていません。様式の記載要領にも「登記簿上の所有名義人と現在の所有者が異なるとき」の書き方が用意されています。相続登記を待たずに届出だけ先に出すことも可能です。
届出が不要なケース
次のような場合は、3条の3の届出は不要です(農地法第3条の3、農地法施行規則第18条)。
- 3条許可を受けて権利を取得した場合(売買などで許可を受けている場合)
- 農地法5条の許可を受けて取得した場合(転用目的の取得)
- 一定の特例(特定農地貸付け、市民農園など)の承認等を受けて取得した場合
一般的な「親から相続した」というケースで、届出が不要になることはまずありません。
届出の後にやっておきたいこと─ 相続した農地をどう活かすか
届出は「農地を相続しました」という報告にすぎません。本当に大切なのは、その農地を今後どう管理・活用するかです。
農業をしないまま放置し、雑草が繁茂する状態が続くと、農業委員会の利用状況調査で「遊休農地」と判定されることがあります。その場合、利用意向調査を経て勧告が行われると、固定資産税・都市計画税の評価額が引き上げられるなどの不利益があります(「農地法の運用について」第3の3(1))。詳しくは「「農地の利用意向調査」が届いたら?遊休農地の勧告で固定資産税が上がる仕組み」をご覧ください。
相続した農地の主な選択肢は、次のとおりです。
| 方針 | 必要な手続き | 関連記事 |
|---|---|---|
| 自分で耕作する | 特になし(届出のみ) | ― |
| 誰かに貸す | 3条許可、または農地バンク経由の貸付け | 農地バンクで農地を貸す・借りる手続き |
| 売却する | 3条許可(農地として売る)、5条許可(転用目的で売る) | 農地法3条・4条・5条の違い |
| 家を建てる・駐車場にする | 4条許可(市街化区域は届出) | 農地法第4条(自己転用)の解説 |
| すでに山林化している | 非農地判断・地目変更の検討 | 山林化した耕作放棄地の非農地判断 |
まとめ─ 相続登記と「3条の3の届出」はセットで
農地を相続したときのポイントを整理します。
- 相続で農地を取得したら、3条許可は不要だが農業委員会への届出(農地法3条の3)が必要
- 期限は「遅滞なく」=権利取得を知った時点からおおむね10か月以内(処理基準)
- 届け出ないと10万円以下の過料(農地法69条)
- 相続人が複数の場合は、共有取得時と遺産分割時の2回が原則。先に分割が済めば1回でよい
- 届出先は農地所在地の農業委員会。連名での届出も可能
- 届出は権利を証明するものではない。相続登記は別途必要
届出の代行から、貸す・売る・転用するといった今後の活用方法まで、三澤行政書士事務所がご事情に合わせてご案内します。
参考資料
- 農地法(令和7年6月1日施行版)第3条、第3条の3、第69条
- 農地法施行規則(令和7年7月28日施行版)第18条、第19条
- 農地法関係事務に係る処理基準について(平成12年6月1日12構改B第404号農林水産事務次官依命通知)第5
- 農地法関係事務処理要領の制定について(平成21年12月11日21経営第4608号・21農振第1599号)第3、様式例第3号の1・第3号の2
- 「農地法の運用について」の制定について(平成21年12月11日21経営第4530号・21農振第1598号)第3